濃尾平野の北部に位置し、中山道の宿場町(鵜沼宿)として栄え、近年は岐阜市や名古屋市のベッドタウンとして発展を遂げた。
市内には多数の大規模な公園緑地や、「各務原市民公園」をはじめとする岐阜大学のキャンパスや農場の跡地があることから、「パークシティ=公園都市」を目指すことを市のまちづくりの政策として掲げており、 2005年に「緑の都市賞」内閣総理大臣賞を受賞している。
北部から東部にかけて山地が広がり、南部を木曽川が流れる(愛知県との県境を成す)
市の大部分には各務原台地が広がり、極めて水はけの良い土壌であるため稲作には不向きで、明治期までは大部分が原野であった。名鉄の六軒、二十軒という駅名や、溜め池の苧ヶ瀬池は当時の名残である。 明治以降は、このよ
うな広大な原野と水はけの良すぎる土壌を生かす形で、軍事基地や演習場、岐阜大学の農学部と工学部がおかれ、機械や紡績の工場、少ない水で成長する人参などの生産が主な産業となった。 |